今回は北海道のお菓子業界に大きな影響を与えている千秋庵総本家で製造部長を務める牧田さんに「伝統の製法」「160年を超えての新たなチャレンジ」についてお話を伺ってきました。
千秋庵総本家の歴史

1860年、日米和親条約の開港によって沸く函館に、秋田の藩士であった佐々木吉兵衛が渡ります。吉兵衛がフキやワカメを甘く加工したお菓子を販売する行商として千秋庵総本家はスタートしました。千秋とは秋田市の呼称で、故郷を懐かしんで屋号としたものです。函館の千秋庵総本家からのれん分けという形で1894年に「小樽千秋庵」、1919年「旭川千秋庵」、小樽千秋庵から独立の形で1921年「札幌千秋庵」、札幌千秋庵からの独立の形で1933年「帯広千秋庵」、千秋庵総本家からの独立の形で1934年「釧路千秋庵」と、全道に広がっていきました。現在も、札幌千秋庵が「千秋庵製菓」として、帯広千秋庵が「六花亭」として、千秋庵総本家を根源とする銘菓が北海道各地で活躍しています。
4代目が現代に残した功績

ー本日はよろしくお願いします。千秋庵総本家を語る上で外せないのはやっぱり4代目の「松田咲太郎」さんですよね。
そうですね。彼がいなかったら160年以上も続かなかったと言っても過言では無いと思います。
ーそんなに…!「松田咲太郎」さんはどんなことを残してくれたんでしょうか?
現在の主力商品である「元祖 山親爺」や独特な技法で作られたどら焼きは咲太郎が考案した商品です。
やはり、異国情緒あふれる港町であった函館ならのではの、和洋折衷せんべいである「元祖 山親爺」はとても特徴的な商品だと思います。小麦粉と牛乳、バターに加えて白玉粉を使うことで独特のもろさのある歯触りを生み出しています。
ー使用している素材も北海道らしくていいですね。
牛乳は乳脂肪分の高い七飯町にある山川牧場の牛乳を使用しているので、牛乳の優しい香りが引き立っています。
ーどら焼きの特殊な技法というのはどういう事でしょうか。
生地の作り方には大きく分けて2通りあって、生地を一晩寝かせる「宵ごね」と、その場で生地を作り上げる「即ごね」というものがあります。これらをミックスした独特な技法で作られているのが千秋庵総本家の「どら焼き」なんです。

ーお菓子作りの素人には全く分からないです!
かなり特殊なので説明すると難しくなるんですが、簡単に言えばミックスすることによってふわふわな食感を生み出せるんですよ。
ー(すごい簡単でわかりやすい!ありがとうございます!)
どおりで食感に特徴があると思ったらそんな製法が隠されていたんですね。餡子もとっても美味しいです。
餡子は、どら焼きをはじめとする、和菓子の命とも言えます。使用する小豆は、吟味を重ねた北海道産雅(みやび)や道南産の大納言にこだわり、毎日、自社工場で専門の職人が薄紫の藤色になるよう餡子を練り上げています。
老舗の伝統が動かした菓子職人の人生

ー牧田さんが入社したきっかけは何ですか?
実家が北海道の小樽市で和菓子屋を営んでいるんですけど、父が独立する前に小樽千秋庵で製造部長を勤めていた事がきっかけです。父親の繋がりから前会長から声をかけていただいて入社しました、
ーお父様も千秋庵!まさに、千秋庵家系ですね!入社前まではどんなことをしていたんですか?
和菓子職人としてのスタートは大学卒業後に東京の和菓子店で2年間修行したことが始まりです。実家に戻って手伝いをして東京、長野のお菓子屋で工場長を勤めていました。
ーそんな!工場長なんてポジションにいたのにどうして、わざわざ函館に!?
そうですよね。長野県にいたっては家まで建てていたんですよ(笑)
ー長野に家まで!?なおさら、何がそんなに牧田さんを奮い立たせたのでしょうか?
「千秋庵総本家にはお菓子職人として一生をかけてやるべきことがある」と感じたことですかね。
ーそれは具体的に言うとどんな事でしょうか?
千秋庵総本家にしかない伝統的な製品作りや、素材の選び方などの奥深さに惹かれました。先ほどのどら焼きの製法のように、当時では考えられないような製法でお菓子作りをしていたんです。
その中でも一番奥深さを感じているのは食品でありながら、作品としても楽しめる2つの側面を持っている上生菓子です。上生菓子の中でも有名な形のはさみ菊を作る際に用いられる菊鋏という用具は4代目の咲太郎が考案したもので、今では全国で使われています。
ー(全国に広まる用具の開発まで。すごいな咲太郎さん。)
160年以上の歴史を持つ、千秋庵総本家が目指す未来像

ー函館駅前のハコビバ(ハコビバの説明)にも店舗がありますよね。
はい。2019年にハコビバのオープンと同時に初めて実演販売やカフェコーナーを設置した「千秋庵菓寮」をオープンしました。
ーどうして新しい業態にチャレンジしたんでしょうか?
若い人たちが和菓子に触れる機会が減っているからですかね。和菓子屋に入って何かを買うということはハードルが高いと感じるそうなんです。和菓子屋はテイクアウトのみが多く、イートインスペースはあったとしてもこじんまりとしたスペースしか設けられていないことがほとんどですよね。
ー確かに。入ったら最後。何か買うまで出られない何かしらのプレッシャーはあるかもしれないです。()
そうですよね。。。なので、気軽にカフェのような形で和菓子に触れあえるきっかけを作りたくてチャレンジしました。
ーメニューを見てると「The和菓子」といった商品だけじゃなくパフェなどのカフェ定番メニューが目立ちますよね。
ありがとうございます。そのパフェを開発したの実は私なんですよ。
ーそうなんですね!
パフェを提供するため全国各地の東京や大阪、京都など色々なパフェを食べ歩きました。食べている間もどうやったら和菓子店らしく餡を使った美味しいパフェができるか常に頭の中にありました。
ー(全国食べ歩きなんて。いいな。楽しそう。)東京や和菓子の本場京都の味を食べ歩いた研究を重ねて、そうして餡パフェが完成したわけですね。
そうですね。パフェのために餡も開発しました。カフェでも餡を軸に商品展開をしています。その場で蒸しあげたまんじゅうや、ぜんざい、上生菓子など、とにかく餡を楽しんでもらいたいという思いを込めたメニュー作りをしています。
ーだから若い人でも気軽に手に取れる洋菓子のフィナンシェだったり、餡にこだわったと打ち出している商品を展開しているんですね。
そうですね。
函館開港150周年の際に、若い人でも気軽に手が伸ばせるような「函館ふぃなんしぇ」、北海道新幹線が開通した際にはをあんこ好きな方にあんこを楽しんでもらおうというコンセプトのカステラ饅頭「函館散歩」を発表しました。


ーあんこ好きな方に楽しんでもらうあんこのお菓子ってどんなこだわりが…?
職人が厳選した北海道十勝・音更(おとふけ)産のエリモ小豆を何度も水にさらして、丁寧に練り上げて、口溶けの良いさらりとした食感のこしあんを自家製餡しています。
ー生地も函館の名所が型取られていて可愛らしいですよね。
北海道新幹線の開通に合わせての開発だったので、「函館」を楽しんでもらうことを意識して作っています。
生地にもこだわっていまして、北海道産小麦の生地に牛乳を合わせることでしっとりとした食感とあんこの美味しさを引き立てています。
ーお土産にもってこいの商品ですよね。
そうですね。洋菓子のテイストも感じるお菓子なので、多くの方に好んでいただけると思います。
千秋庵総本家として今後の挑戦
ー今後はどんなことをしていきたいですか?
千秋庵総本家としては北海道を代表するお土産菓子を作ろうと目下開発を進めています。北海道のお土産菓子は競争率の高い世界ですが、そんな中でも伝統を活かしながら、頑張っていきたいです。
ー個人としてはどんなことに挑戦していきたいですか?
大学生の頃は電子工学を学んでいたこともあって、新しいものが大好きなので、Webなど駆使して新しい販売方法を模索していきたいですね。コロナ禍ですから今まで通りではやっぱり厳しいので、食べていただいた方に喜んでいただける商品開発もしながら、より多くの人に届けられるような販売方法も開発していきたいです。
編集後期
何代も続いている会社はどうしても先代の想いを引き継ぐ形になるので、いま会社にいる個人の方の想いって表に出づらいと思うんです。社長でもなく、親族でもない人だとなおさら。それでも牧田さんは家を売り払うような相当な覚悟で入社した経緯があるので、柔らかい雰囲気で話してくれていたんですが、心の中は、それはもう、メラメラしてると思います。今は千秋庵総本家伝統の味を楽しみながら、牧田さんのアツい思いがこもった北海道を代表するお菓子を待っていたいと思います。