経営

函館の食、水産業、食卓とともに、今までも、これからも。 道南食糧工業株式会社

春の潮風に運ばれたお醬油の香りが鼻腔をくすぐる道を歩きながら、取材先の道南食糧工業株式会社さんに到着。

以前から、お醬油の香りが漂っているからここはお醬油屋さんなのか…?と、わからないまま通り過ぎていました。この度、満を持して正体がわかる!と意気込み取材いたしました。それでは、以下本文へどうぞ!

創業80年!函館唯一の味噌・醬油製造元

ー今日はよろしくお願いします!昭和17年から創業で、函館唯一の醤油製造元とサイトで拝見したのですが、背景を詳しくお聞かせいただいてもいいですか?

河野:創業したのは私の祖父ですが、実際はもう少し前から始動していたようです。会社として始めたのが昭和17年ということですね。

ー会社という形態をとる前からもう既に始められていたということですか?

河野:そうですね。当時は、味噌醤油屋さんも珍しいものではなく、この辺りだけでも、10軒くらいはあったみたいです。ですが、そのうちに1軒2軒となくなり、今では弊社だけが残っているということです。

ー早速ですが、今唯一函館に残ってる製造元として、持続する秘訣のようなものはありますか?

河野:味噌や醤油というと、今は大手醸造メーカーさんが全国ブランドを展開していますが、もともとはそうではなく、各地方、その土地土地で作る商品でした。それから、時代の流れと共に、大きなメーカーが出てきて、各地の小さなメーカーがなくなってしまいました。弊社の場合は、一般のお客様というよりは、業務用というところに特化してきましたので、今日まで生き残ってきたというところですね

一般消費者向けの限られた需要の中だけではなく、業務用のたれなどの加工品を製造してきました。メーカーのニーズに答えながら、付加価値の高いものを提供することに力を注いできました

ー味噌や醤油以外の加工品を製造し始めたのはいつ頃からですか?

河野:それは、30年くらい前にさかのぼります。自社製品としてではなく他社様からの依頼を受けてというのが始まりでした。

ー具体的には、どういった依頼を受けたのですか?

河野:焼き肉のタレや松前漬けのタレなどの業務用のタレを作ってほしいという依頼でした。

※取材日にはめんつゆの製造過程である、みりんなどの調味料を調合しているところに立ち会えました。

厳しい時代の変化にもしなやかに、80年目の秘訣は「小回りが利く規模感

ーたれを作り出したのが 約30年前とお伺いしましたが、それが何かの転機だったりしますか?

河野:転機ということもありますが、時代的なものだと思います。醤油を作るのにも、仕込んで絞るという工程がありますが、弊社では、今はその工程は行っておりません。

ーそうなんですか。以前、この近辺にも9社の味噌醤油の製造元があったとお聞きしましたが、そちらはどうなったのでしょうか?

河野:50年ほど前になくなってしまいました。

ー50年ほど前に。

河野:そうですね。その頃には、各地の味噌醤油メーカーはだいぶ減っていたと思います。

*今からおよそ50年前、各地には小規模の醤油の製造元がありました。しかし、流通の発達により都市圏のリーズナブルな商品が大量に出回るようになったこと、スーパーマーケットの台頭など小売業界の変化もあり、各地の製造元は廃業に追いやられるところが少なくなかったそうです。

今も醤油原液の保存に使われている樽を眺める河野さん。以前はこの地に国兼(くにかね)味噌醸造場という会社があったそうです。その跡地に道南食糧工業株式会社さんが移転したとのこと。

ーそうして函館唯一の製造元になったんですね。

河野:そうですね。時代の流れとともにどんどん減っていったんですね。ですが、その中で生き残るために、各地の醤油屋さんが、協業化(仕入れや物流などを共同で行うこと)という形で進めていったということです。

ーなるほど。それが50年前にあって、20年が経過し、30年前に付加価値のある商品をという流れなんですね。その20年間にはどんな移り変わりがありましたか? 

河野:当時は、函館は遠洋漁業基地として栄えていました。味噌醤油は、人口も非常にどんどん増えていた時代でしたので、食堂などで多く使っていただいていたのですが、その先からは、だんだん伸びていかなくなりました。

ーそこから消費量が減ってきて、今に至るんですね。その過程で、30年ほど前から付加価値のある加工品の製造を始められたんですね。具体的にはどういった加工品の製造を行ってこられましたか?

河野:松前漬がメインでしたが、数の子の漬け込みたれやイクラのたれなども作りました。弊社は小さな会社ですので、細かい注文も多く受けてまいりました。通常だと100ℓや200ℓを作らないと、作業的には非効率なんですが、ニーズに合わせて、松前漬けのたれだけでも、何種類も作っております。甘口なもの、少々辛口なものや、たれの色の濃淡などをカスタマイズして販売しております

小回りが利くというか、小規模だからこそ、そういった需要に合わせて作ることができるってことですよね。

河野:そうですね。

水産業との長いお付き合いと、消費者との新しい接点 キッコーカワイチが函館の食卓に浸透するまでの道筋

ー昔と今で、消費者との関係性などで、ものづくりへの想いの変化はありますか?

河野:基本的に、業務用の加工品をメインで長くやってきたので、消費者の方に直接というところがなかったんですよね。長年製造していても、「ここで醤油作ってたこと全然知らなかった」というお客さんもたくさんいらっしゃいます。

ーそうなんですね。私もそのひとりでした…。

ー今取り扱っている商品ってどのぐらいありますか?

河野:200種類くらいはあると思いますよ。

ー200種類を今並行して作られている。

河野:そうですね。もうすでに廃盤になったものや、もう何年も注文がこないものもあります。「少量でもできますよ」と個別にカスタマイズして作るので、お試しでととりあえず作ったものも結構あるんですよ。

ーそれも含めて200種類。現在も生産、販売されている商品はどのくらいありますか?

河野:常に動いている商品で50〜60種類くらいはありますね。

ー昔と比べて、私たち一般的な消費者との距離に変化を感じられますか?

河野:函館の水産加工の現場では原料の減少もあり、水産加工品を製造する会社も年々数が減ってきています。そこの売り上げを、どうやってカバーしていくかというところです。業務用の商品製造に注力してまいりましたので、考え直して、もう少し一般のお客さんにも売っていきたいというのは、最近の動きではあります。

ーちなみに具体的にどういった商品を開発したいなど、何か展望はありますか?

河野:今まで、他社様のプライベートブランドとしてお土産品などを数多く製造してきました。そのノウハウを生かして、自社商品として、キッコ―カワイチという屋号を押し出した商品を、増やしていきたいなというのがあります。

ー屋号を掲げ長く経営されてきた道南食糧工業さんで大切にされている理念、想いをお聞かせください。 

河野:長年続いてきているって事は、いい部分があるから続いていると思うんですが、それにプラスして、新しいことやっていかないと、これから先は生き残れないと思っています。以前、たれを作り出した時なども、その当時にしてみればかなり大きい変化だと思うんです。

ーなるほど。道南食糧工業さんと函館、道南、地域との関わり方はどのように考えていらっしゃいますか?

河野:大きな関わりといえば水産加工は欠かすことができないところですよね。のサイクルの一部として、弊社がタレを作ってきたという部分がとても大きいです。

ーそれが段々衰退してきて、付加価値の高い商品にシフトしてきたと。

河野:そうです。ここ10年くらい前からどんどんイカが獲れなくなってきたこともありますよね。

ー急でしたよね。

河野:そうすると、水産加工屋さんが減ってきたり、使う量が減ったり、そういったところでの影響はあります。ただ当時は、観光客が増え出して、新規での注文も結構増えたんです。

ーちなみにお土産として、どんな商品をどのぐらい作られたんですか。

河野:がごめ昆布関連の商品などが多くなりましたね。がごめ昆布ポン酢、がごめ昆布醤油など、そういった商品です。

ー昆布醤油はホームページでも大きく出されてますよね。

河野:昆布はやはり、函館の名産品ですからね。30年くらい前に依頼されて製造したのが、昆布醬油製造の始まりです。

函館の食品製造業にとって大事な受け皿になっているんですね。

河野:そうですね。

ーそういった部分を担ってこられたんですね。函館の大事な味噌、醤油の文化を伝えていく部分も担っらっしゃいますよね。

河野:そうですね。

真面目に、誠実に。誠実に積み上げてきた80年の蓄積

ー河野さんご自身のことをお聞きしたいのですが、すべてのお仕事において大事にされていることはありますか?

河野:真面目に、誠実にやってくということですね。

ーどういったところで真面目さや誠実さを大事にされていますか?

河野:言ってしまうと、すべてにおいてになんですけれども、なんでも正直にやってくしかないです。利益を出すためだけに、弊社の都合ばかりを考えると、相手にとっては不利な条件になったりしますよね。そんな風に、自分たちだけが儲ければいいという考え方でやってると、長く続けていくことは難しいと思うんです。

ー河野さんご自身は、道南食糧工業株式会社の方針をどのように捉えていらっしゃいますか?

河野:古い割にはその、いろいろ新しいことをやっていると思うんですよ。そういった意味では柔軟ではありますね。

ー直売所に販売されていた冷やし中華のたれを見て、柔軟に様々なものを作っていらっしゃるんだなと思いました!

河野:業務用で、様々な商品を製造してきた蓄積があるんですよ。

ーノウハウを生かしているんですね。80年の蓄積があると、様々なことができそうですよね。これまで加工品や付加価値の高い商品を作られてきたと思うのですが、製品の製法やこだわりで、譲れないものはありますか?

河野:味噌は80年前から同じ製法で作り続けております。麹から作っており、その麹を作ってるのは、函館ではおそらく弊社だけになりますね。

ーそうなんですか!味噌の製法についてお聞きしてもいいですか?

河野:作りはもうずっと変わっていないです。

ー当時から同じ製法。

河野:変わらないと思います。

味噌の原料となる大豆は、輸入品と道南の豆と両方を使用しています。やはり、その年ごとに品質や価格に差が出てくるので、その中でなるべくいいものを選びながら、仕入れています。産地によって大きさや固さも違えば、含んでいる水分量も変わります。

味を守り続けていくために、それに合わせた豆、製法を変えていると。

河野:そうですね、長年の勘とか、そういった部分にもなってくると思います。実際にその豆のサンプルを取り寄せた上で、少し水分が少ないから水に漬ける時間を長くする、ふかす時間を伸ばすといったように対応していきます。そういった過程を経て、最終的な硬さなどをチェックしながら作っていく形です。

目指す味みたいなものに対して、アプローチを変えていくというような。

河野:そうですね。この過程がなかなか難しいですね。

函館と、これからの水産業とともに。 80年から、100年。その先の食卓へ届けたい函館の価値。

ー河野さんは函館は好きですか?

河野:好きですよ、はい。

ーどういったところが好きですか?

河野:やはり過ごしやすいですよね。夏は暑すぎず、雪が降ってもそんなに積もらないので冬も過ごしやすいですし、気候が良いですね。加えて、街並みも好きですね。

ー住みやすさや景観というところなんですね。住んでいて好きな街だからこそ、地元の人に知ってほしいといった気持ちもあるんですか?

河野:小さい頃からずっと函館で育ったのが大きいですね。函館を離れた時期もありますが、離れてみて函館は住みやすかったというのも実感しましたし。

ー今、水産加工の現場が衰退し、原材料本体も取れなくなってきているという現状がある中で、地域の食をこうしたい、関わっていきたいなどという想いはありますか?

河野:そうですね、様々なものがとれなくなってきていますよね。逆にブリが獲れたりもありますよね。

ーそうですよね。

河野:サバが獲れたりといった魚種の変換などの部分でも、弊社が対応して、何か新しい商品などを開発する時に、一緒に携わっていければいいかなと思っています。

ーブリなどの魚種はすごく可能性を秘めていそうですよね。そこでうまく絡められたら面白いですよね。会社としての夢や展望もお聞きしたいです!

河野:会社としてはまず、100周年を目指したいですね現在で創業80年になるので、長く続いていければというところです。あと20年くらいですね、その頃は僕も70歳を越えていますね。

ー何か20年後のイメージはありますか?

河野:今、世代交代や漁獲量の減少、人口減少なども含め転換期で、先が読めないというところが正直なところです。

ーそうなんですね。最後に、道南食糧工業さんがこれから挑戦されたいことはありますか?

河野:なるべくその自社ブランドの製品を増やしていきたいですよね。

キッコ―カワイチという屋号を函館や大きなフィールドに広げていきたいということですか?

河野:そうですね。

ーどういった方に手に取って欲しいなどはありますか?

河野:まずは函館市内でもっと、認知していただけるようになりたいですね。函館で醤油といえば弊社、みたいになればいいなと思っています。

ー市内の様々なお店で道南食糧工業さんの商品を手に取れる日が来ることが待ち遠しいですね。ありがとうございました!

編集後記

誠実に、真面目に。河野さんの言葉からはもちろん、お人柄や会社を見学していてもひしひしと感じられるような取材でした。創業から80年ということもあり、函館史や食文化などとも密接に絡んだお話をお聞きすることができ、市民として函館への理解を深めることができました。時代や環境の変化、様々な変化にさらされ続けながらも、80年の歴史を刻み続けてきた道南食糧工業株式会社さんの姿勢は、私たちにこれからの時代の歩み方を背中で語っているようでした。後日談ですが、最初にお名前などを確認する際、お名前の読み間違い(「かわの」さんですが、「こうの」さんとお呼びしてしまいました)をしてしまいました。すいませんでした…。河野さんの優しさに救われました。今回も、お忙しい中お時間を割いてくださった河野さんはじめ、関係者の皆さまに深く感謝いたします。ありがとうございました!

ABOUT ME
楢館 茉奈
生まれも育ちも函館、食べることに目がないライター楢館 茉奈です。谷地頭にあるきらく荘に住みながら、函館の魅力をさまざまな角度から紡ぎます。趣味はカフェ巡り、占い、音楽鑑賞、読書。函館周辺の行ってみたい場所が増え続けることに嬉しい悲鳴をあげる日々です。